監修弁護士 山本 祐輔弁護士法人ALG&Associates 宇都宮法律事務所 所長 弁護士
退職金は、労働者が退職をする際に支給されるものであり、基本的に通常の給与よりも額が相当大きくなります。退職金の支払いは会社にとって結構な負担ということができ、そのため当該労働者が職を辞するに至った経緯によっては支給が好ましくないのではと考えることがありうるものです。
労働者に退職金の一部または全部を支給しないとすることはできるか、できるとして何かしらの制限はないのか、それをみていこうと思います。
目次
- 1 問題社員の退職金を減額・不支給とすることは可能か?
- 2 問題社員を懲戒解雇とした場合、退職金はどうなるか?
- 3 退職金の減額・不支給が有効と判断されるには
- 4 問題社員への退職金の減額・不支給に関する就業規則の定め方
- 5 能力不足等で普通解雇とする場合の退職金
- 6 退職後に問題行為が発覚した場合
- 7 退職金の減額・不支給をめぐる裁判例
- 8 問題社員と退職金に関するQ&A
- 8.1 会社の金銭の横領で懲戒解雇とする場合、退職金を不支給とすることは可能ですか?
- 8.2 懲戒事由により退職金を減額する場合、どの程度まで減額が認められますか?
- 8.3 問題社員の退職金の不支給・減額について就業規則で定めることは、不利益変更にあたりますか?
- 8.4 職務怠慢であることを理由に、退職金を支払わないとすることは認められますか?
- 8.5 懲戒解雇により退職金を不支給とした場合、解雇予告手当の支払いも不要となりますか?
- 8.6 懲戒解雇とする前に退職届を提出された場合、退職金を不支給とすることは可能ですか?
- 8.7 退職勧奨により問題社員が退職する場合、退職金の支払いは必要でしょうか?
- 8.8 問題社員への退職金を減額・不支給とする場合、事前に本人へ説明する必要はありますか?
- 8.9 問題社員に対し、会社が指導等を怠っていた場合、退職金を不支給とすることは認められますか?
- 8.10 過去の懲戒処分歴に基づき、退職金を減額とすることは可能ですか?
- 9 問題社員の退職金でトラブルにならないよう、労働問題の専門家である弁護士がサポート致します。
問題社員の退職金を減額・不支給とすることは可能か?
当該労働者が問題ある人物で、退職がそれによるものである場合、退職金を減額、不支給とすることは不可能ではありません。退職金は、賃金の後払い的性質とともに、功労報奨的性質も併せ持つと解されているためです。
ただ、それが無条件に認められるわけでもなく、根拠となる規定が存在するか、合理性、相当性が認められるかが問われることとなります。
減額・不支給の対象となる問題社員とは
ただ単に問題を起こす社員、好ましくない人物というだけでは、退職金の減額、不支給を行うことが認められるわけではありません。退職金の減額、不支給となると、労働者に与える影響は甚大であり、かかる処分をもって臨むことがやむないとみなされる程度の落ち度や背信性がなければ、行き過ぎた処遇とされしまいます。
会社に対し意図的に経済上の損害を生じさせた、機密を漏洩したなど、当該社員のそれまでの功績を消して余りあるというほどの事情がないと、なかなか認められるのは難しいでしょう。
問題社員を懲戒解雇とした場合、退職金はどうなるか?
問題社員を懲戒解雇とする場合、規定に従って退職金を不支給、減額とすることが認められ得ます。ただ、これも、無条件にできるのではなく、懲戒の基本的な手続きを遵守した上で、かかる処分とすることの合理性、相当性が認められなければなりません。
懲戒事由と減額・不支給の相当性
懲戒解雇として退職金の不支給、減額を行うためには、前提として、就業規則等での懲戒事由の制定と、退職金規定等での懲戒解雇時の退職金の不支給、減額の明記が必要となります。そうすると、退職金の功労報償的性格と捉えられる点から、その不支給や減額が可能となります。
その実際の運用上では、当該労働者のそれまでの功労を抹消、または減殺するものと認められるに足る事情がある場合に限り、退職金の不支給、減額は認められると解されます。会社の経営や業績に対する重大な損害が認められる、限定的な場合のみに適用されるべきです。
退職金の減額・不支給が有効と判断されるには
退職金の減額、不支給は、労働者に対する影響が大きく、適正な手続きと判断に則って行われないとなりません。まずは、どういった場合にかかる処分を受けることとなるかを規定を設けてきちんと定め、そしてかかる処分相当とみられる事態が生じた場合は、立証のためにも証拠を収集しつつ、処分を下していくことが重要です。
事前に退職金の減額・不支給規程を設けておく
まずは、退職金の減額、不支給の根拠となる規定を設けておく必要があります。根拠がなければ、労働者に対し不利益となる処分を科すことができません。
規定に際しては、設けさえすればどのような内容であっても構わないとはなりません。内容は、具体的である方がよく、最後に一般的、概括的規定を設けることは必要と言え、それまでは具体的な規定を可能な限り列挙すべきでしょう。また、記載される条項は、それが退職金の減額、不支給に見合うだけのものでなければなりません。過去の事例などを研究し、当該会社の事情に見合った条項となるよう、工夫する必要があります。
減額・不支給の根拠となる証拠を集める
規定を万全に備えたとしても、それが適切に運用、適用されているのでなければ、処分は有効となりません。争いとなる場合は、その旨を示す必要も出てきます。これは、なにも、当該労働者が虚偽を述べるということだけではありません。事実についての認識のずれや解釈の違い、そういったことで紛争となる場合も多々あります。
当該労働者に処分の根拠とそこに至った経緯とを適切に説明するため、紛争となった場合は裁判所等に事実を認定してもらうため、元の問題の発生当初より証拠関係も収集していくことは重要です。
問題社員への退職金の減額・不支給に関する就業規則の定め方
退職金の減額、不支給を適正に行うためには、明確な理由、相当な処分とみられること、これが求められることになります。就業規則の定め方についても、これらの点を意識するのがいいでしょう。
条項では、処分対象となりうる場合について、極力例示を充実させるべきです。端的に概括規定をもってまとめてしまうと、当該ケースが適用対象と解されない恐れが高まります。また、内容は、それであれば退職金の減額、不支給とされても仕方ないと解される、説得力のあるものにするべきです。あまりひどくないと客観的にみられる場合を記載しても、処分として不相当とされる可能性が出ます。
もちろん、これらは、一般的、概括的規定を置くなということではありませんし、むしろそれを最後に置いておくこと自体は必要でしょう。
能力不足等で普通解雇とする場合の退職金
普通解雇は懲戒、懲罰的処分ではなく、会社の都合、判断による退職となりますので、退職金は基本的に減額、不支給とできません。退職後発覚事例で、当該労働者にそれまでの功労を抹消して余りあるような重大な非違行為が存在する場合、退職金請求を権利濫用として認めないとするものがありますが、例外的なものと考える方がよいでしょう。
退職後に問題行為が発覚した場合
従業員の退職時の経緯によっては、退職後に問題行為が発覚することがあります。その場合、既に普通解雇としてしまっているので、退職金を支給できるのかが問題となります。
この場合、当該労働者にそれまでの功労を抹消して余りあるような重大な非違行為が存在する場合、退職金請求を権利濫用として認めないとする事例があり、それに沿って事実を調査、立証して、処分を科すことを可能としていくことになるでしょう。
競業避止義務違反による退職金の没収
競業避止義務違反については退職金の減額とする規定につき、その有効性を認める事例はあります。ただし、無限定に有効性が認められるわけではなく、その点に注意が必要です。
事例上では、退職から競業他社への転職をどの程度の期間制限できるかを検討するものがあり、6か月の場合は転職に顕著な背信性あることを事情として求める判断がなされていたりします。退職金の制限により規制をかけ得る期間、転職の経緯や転職先の属性から元勤務先へ与える悪影響がどの程度と見込まれるか、この辺りの兼ね合いといったところでしょう。
退職金の減額・不支給をめぐる裁判例
事件の概要
従業員が非違行為の後に、会社を合意退職し、退職金支払い契約に基づいて退職金の請求を行なったところ、会社は退職金を不支給とした。それに対し、従業員が不服として、退職金の支払いを求める訴えを提起した。
裁判所の判断(事件番号・裁判年月日・裁判所・裁判種類)
できるだけ判決文などを引用せずに、初見のユーザーがわかりやすい内容でご記載ください。
第一審は、請求額の半額弱の程度で従業員の請求を認容し、それに対して双方が控訴を行なった。控訴審は、従業員に対する退職金の支払いを全くせずともよいとはしなかったが、減額を第一審以上とし、7割の減額を認めた。
ポイントと解説
この件では、従業員は会社と合意の下で退職していた。その点、会社はもともと諭旨、懲戒解雇時の退職金の減額、不支給の規程、また退職日までに懲戒事由が確定しない場合でも、後日それが明らかとなった場合は、懲戒や諭旨解雇として退職金の減額、不支給ができるという規程を設けていた。裁判所は、従業員の退職申出から2週間以内に懲戒事由についての確定をすることは困難として、会社は合意退職としたとし、その場合は、形式上は合意退職であっても、諭旨、懲戒解雇に該当しないと認められた解することはできないとした。
そして、当該従業員の具体的な非違行為、それに対する刑事上の処分結果などを踏まえ、同人の功労の減殺程度を7割程度とし、判断を下した。
問題社員と退職金に関するQ&A
そもそも退職金制度を設けていないというなら別ですが、制度がある場合は、退職金に手を付けることは労働者にとって重大な影響を生じさせ得るものと考えられます。うかつなことでは、処分を有効と認めてもらえない可能性が生じます。
会社の金銭の横領で懲戒解雇とする場合、退職金を不支給とすることは可能ですか?
当該行為が退職金不支給事由となることをあらかじめ定めておき、横領額や返済の有無などの個別事情が退職金の不支給を相当とするほどのものであれば、可能です。
懲戒事由により退職金を減額する場合、どの程度まで減額が認められますか?
事由の具体的内容によります。悪質性、背信性が高く、当該労働者の功労を抹消して余りあると認められるような場合は、大幅な減額もありうるでしょう。
問題社員の退職金の不支給・減額について就業規則で定めることは、不利益変更にあたりますか?
労働者にとり退職金の重要性が高いことを考えると、不利益変更に当たるでしょう。
職務怠慢であることを理由に、退職金を支払わないとすることは認められますか?
職務怠慢というだけでは、退職金を減額、不支給とする処分にまで至ることは不相当でしょう。
懲戒解雇により退職金を不支給とした場合、解雇予告手当の支払いも不要となりますか?
懲戒解雇の場合でも、原則は解雇予告手当の支給が求められます。ただ、懲戒解雇相当ということは当該労働者の非違の程度が大きいということなので、労働基準監督署から解雇予告除外認定を受けられる可能性が高いでしょう。
懲戒解雇とする前に退職届を提出された場合、退職金を不支給とすることは可能ですか?
当該労働者からの退職の申出を受理した後に、懲戒解雇相当の重大な非違の存在が明らかとなった場合、退職金の請求を権利濫用として拒否する方法が考えられます。
退職勧奨により問題社員が退職する場合、退職金の支払いは必要でしょうか?
会社から退職を勧める形式となりますので、支払わない理由がなく、必要となります。
問題社員への退職金を減額・不支給とする場合、事前に本人へ説明する必要はありますか?
退職金の重要性を考えると、減額、不支給の処分を下すに際しては、事前に当該労働者へ説明をしておく方がよいでしょう。
問題社員に対し、会社が指導等を怠っていた場合、退職金を不支給とすることは認められますか?
一見明白に退職金の減額、不支給が相当と誰もが認めるような重大な問題であればともかく、問題について本人に改悛、改善の機会を与えず重大な処分を下すというのは不相当とみられる可能性がありますので、指導等は怠るべきでないと思われます。
過去の懲戒処分歴に基づき、退職金を減額とすることは可能ですか?
懲戒解雇として退職金を減額、不支給とできるのは、あくまで今取り沙汰されている問題についてのみです。当該問題の処分を斟酌するに際し、過去の別の問題を取り沙汰して内容を重くすることは、認められません。
問題社員の退職金でトラブルにならないよう、労働問題の専門家である弁護士がサポート致します。
退職金については、労働者に及ぼす影響の大きさから、簡単に減額や不支給などと手を付けることはできません。事前の規程整備、個別事案に適用するために証拠収集、手続を段階ごとにきちんととること、最終的に紛争となった折の主張立証と、注意すべき点は多いです。
問題ある社員がいて、退職金の満額支給に悩みがある場合は、一度弁護士までご相談ください。
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保有資格弁護士(栃木県弁護士会所属・登録番号:43946)
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