監修弁護士 山本 祐輔弁護士法人ALG&Associates 宇都宮法律事務所 所長 弁護士
経営者は、労働者の心身の安全を守る義務があります。これらは、職場や業務上での事故の防止、労働災害の問題として語られることの多かったものです。しかし、現代では、さらに複雑で入り組んだ問題として生じることが多くなっています。以前に比較して保護されるべきとされるものが、プライバシーや名誉、自己決定権といったものまで広がりつつあり、紛争範囲の拡大、企業側へ賠償が命じられうる事態の増加に結び付いています。
そのようなものの一例として、ハラスメントの問題があります。
ハラスメントと呼ばれるものは、いろいろと増えていく一方ですが、とくに有名なものとしてセクシャルハラスメントとパワーハラスメントがあり、他にはマタニティハラスメントやアルコールハラスメントなども耳にする機会の多いものです。いずれにしても、そこには地位格差の利用、人格の軽視など、職場内での人間関係の不健全さがこもっています。ハラスメント問題は、企業内の病の存在の端的な発露でもあります。
ハラスメント問題については、そのうちのセクハラ、パワハラについては、その防止、対応の措置の義務が立法化されています。(パワハラについては、中小企業は令和4年3月31日までは努力義務です。)その他も、個別の立法はなくとも、一般の不法行為と認められれば、責任を負うこととなります。企業としては、基本的に従業員間のこととなど考え、胡坐をかいているままではいられません。
他方、ハラスメントは、通常の業務行為と明確に線引きできるものばかりとは限りません。ハラスメントと呼ばれることを厭うばかりでは、現場に委縮がはびこるばかりで、それは正常な業務を却って妨げる結果につながりません。重要なのは、ハラスメントを正確に判断し、適切に対処することです。
ハラスメントへの対処に不安を覚えられるようであれば、一度ご相談をください。
目次
ハラスメント問題による企業リスク
ハラスメント問題の存在は企業における職場環境の病原のようなものであり、その看過、放置は重大な症状を伴って企業に返る恐れがあります。
従業員間での紛争化、ハラスメントを発生、放置させたことによる企業への責任追及の恐れ、従業員の流出や意欲低下による人材の喪失、職場内での健全な人間関係の構築ができないことによる組織の力の低下、従業員の企業に対する信頼の低下による士気の下落、企業イメージの悪化、そういったことにより企業の財、物、人が損なわれかねません。
ハラスメントを軽い問題と侮らず、真摯に予防、対応することが肝心です。
企業で問題となりうる代表的なハラスメント
ハラスメントは、個別具体的には数多の態様に分かれますが、いくつか代表的なものに分類されます。有名どころでは、セクシャルハラスメント、パワーハラスメント、マタニティハラスメントといったものがあります。
パワーハラスメント(パワハラ)
パワーハラスメントは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的、身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」とされます。
注意が必要なのは、決して上司から部下にのみなされるものではなく、同僚同士、場合によっては部下から上司に対する場合でも認められうるという点です。
パワーハラスメントの類型として、暴力や暴言、無視、仲間外れ、遂行不能な分量の作業を割り振るなどの過大な要求、能力に能わない程度の仕事しかさせないなどの過少な要求、プライバシーや人格などの個人領域への立ち入り、こういったものが考えられます。
ただ、当然業務上の適正な指導や作業の割り振り、調整は禁じられるものでなく、そこに適切な境界線を設定することは重要です。
セクシャルハラスメント(セクハラ)
セクシャルハラスメントは、「相手方の意に反する性的言動」と一般に解されます。これは、別に男性から女性に対する者に限らず、女性から男性、また同性間でも起こり得ます。また、わかりやすい卑猥さを有した言動だけでなく、交際、結婚や出産などの個人事に立ち入る言動、相手の性的指向にみだりに触れる言動も問題視されるなど、複雑かつ広範な問題となっています。
セクハラは、大きく対価型と環境型に分類されます。対価型のセクハラは、性的言動に対する相手の反応、対応によって、利益を提供したり不利益を与えたりするものです。例としては、関係を迫り、断られたら解雇や降格、配転を命じるなどです。
環境型のセクハラは、職場で性的な言動や物品がさらされ、それにより労働者が就業環境を不快に感じるものです。例としては、あけすけに卑猥な会話をする、性的なポスターを掲示するなどです。
近年では、セクハラが拡大しすぎてコミュニケーションを取りづらいなどと言われることがありますが、そもそも、仕事や、職場での人間関係構築に、性的な要素を持つ言動を行うことが必要なのかという視点を取り戻すことが重要でしょう。
マタニティハラスメント(マタハラ)
女性の出産、それに伴う前後の時期は、どうしても休み等が必要となり、仕事に専念できない状況が生まれます。
それは、企業の立場からだけで言えば、提供される労務の質量の低下、それに対する待遇や給与の減少を言いたくなるものとなり得ます。
ただ、妊娠も出産も、個人にとっては大事な人生の一ステージであり、それを理由として不利益を強いられることとなれば、人生や人格に対する侵害となりかねません。女性が妊娠、出産をすること、産前産後の休みを申請し、取得すること、企業において定められている妊娠や出産、育児のための制度や手当を利用すること、これらに対して不利益を課したり、抑圧したり、無視等の嫌がらせをしたり、人事上不利に扱ったりすることは、マタハラとして問題視されます。
最近は、少子化と女性の社会参画が進み、各企業も女性を活用しないと組織の維持、発展が望めない時代となっています。
その中で、マタハラを放置すれば、法的問題の前に人材の確保がままならないなど経営上の問題を生じさせることとなり得ます。
会社の評判も企業の大事な資産、マタハラについてもしっかり対応を講じるのがいいと思います。
その他問題となるハラスメント
ハラスメントと呼ばれるものは、非常に多岐多数にわたります。その中でも、会社内のことで、言われる機会が多いだろうものとしては、次のようなものがあります。
男性の育児関与を妨げるパタニティーハラスメント、結婚に干渉したり寿退社を強いたりするマリッジハラスメント、男女のイメージされる性別役割を押し付けるジェンダーハラスメント、年齢を理由としたり揶揄したりするエイジハラスメント、飲酒を強要したり酔って絡んだりするアルコールハラスメント、副流煙に無頓着だったり「喫煙室メンバー」だけを優遇したりするスモークハラスメント、などです。
ただ、もっとも重要なのは、分類して当てはまる当てはまらないで問題や責任の有無をはかるのではなく、かかる言動が相手からすれば嫌なものであるのかどうか、嫌がられるならそれは業務において正当な理由をもって必要なのかどうなのか、それをきちんと意識することです。
問題となりうるハラスメントの行為
ハラスメントの種類 | ハラスメント行為 |
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パワーハラスメント(パワハラ) |
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セクシュアルハラスメント(セクハラ) |
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マタニティーハラスメント(マタハラ) |
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パタニティハラスメント(パタハラ) |
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モラルハラスメント(モラハラ) |
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ジェンダーハラスメント(ジェンハラ) |
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各種ハラスメント問題における企業の法的義務
ハラスメントは放置してよいものではなく、従業員の心身の健康や人格を守るためにきちんと対応がなされていないと成りません。
ただ、それ自体は収益を生むものではなく、企業の努力に任せるだけでは後回しにされかねないなど、限界があります。
そこで、国により、法律その他で企業に対策を講じるよう求めることとなり、各種立法的手当てがなされています。
パワハラ防止法の成立と企業の取り組み
パワハラに関する相談が近年増え、またパワハラで鬱になるなどして労災案件に至るケースが多くなってきたことなどを受け、労働施策総合推進法においてパワハラ防止、解決のための規定が設けられることとなりました。
事業者には、パワハラに対し労働者からの相談に応じること、体制の整備など適切な措置を講じること、パワハラを相談したり告発したりした労働者に、それを理由として不利益な取り扱いをしないこと、それらが求められます。
パワハラにより紛争が生じた場合は、都道府県の労働局長による助言、指導、勧告や、紛争調整委員会による調停が設けられています。
また、労働大臣に助言、指導、勧告の権限が認められ、パワハラに対する措置義務を怠る事業者については、勧告に従わない場合にそれを公表できるようになっています。
企業が行うべきハラスメント防止策
他項でも述べていますが、現在は法律等の定めにより、企業に対しても一定範囲でのハラスメント予防、対応の措置を講じることが求められています。
また、ハラスメントへの対応の充実度は、職場としての企業の評価、評判に関わることであり、「法が求めるから、求められるところだけやる」だけでなく、従業員が安心して働ける環境を積極的に作っていく意識がこれからは求められるでしょう。
ハラスメント防止策の明確化・社内周知
ハラスメントの防止措置は、従業員に理解されやすいように、はっきりと定めることが効果的です。そもそもハラスメント行為を禁じる旨、どのような行為が問題となるかの例示、ハラスメントを探知した場合の連絡先等の対応体制の案内、ハラスメントに対して行いうる処分、それらを明確に定めるべきでしょう。
次に、ハラスメントの防止措置を定めたのであれば、周知されなければなりません。単に社内回報的に伝達するだけでは十分な理解がされない可能性があり、マニュアルとして各事業所、事業部門ごとに備え付ける、オンライン上で専門の項目を設けて一覧公表する、そのように把握しやすく周知するのがいいかと思われます。
対応窓口の設置
ハラスメントについては、専門の窓口と担当者を設置することが重要です。当該従業員の上司は、下手をするとハラスメントの当事者であることもあり得、上司を通じた相談、報告しかルートを設けないとするのは不適です。
窓口と担当者は、専従とし、社内の序列からは独立したものとするべきです。圧力に左右されているのでは、役割を十分に果たせません。秘密保持の観点から口が軽いのは論外ですが、必要に応じて人事その他の部署と適切に連携を取り、調査等を行うコミュニケーションと問題処理の能力が必要です。
企業の対応が不適切なものとなると、企業自体もハラスメントについての責任を問われることとなりかねません。適した形での対応窓口を設けることは、リスク管理の一環でもあります。
関係者のプライバシー保護・不利益取り扱い禁止
被害者からの相談や、加害者、周囲に対する調査などでは、当然、プライバシーを保護しなければなりません。ハラスメントは、しばしばそれ自体に高度のプライバシー性があり、また当事者も不要な情報の拡散は望まないことが多いものです。
また、秘密がきちんと守られないのであれば、誰もハラスメント対応の措置を用いようと考えず、結果企業に適切な対応の体制が整っていないということで、評価評判の下落や、場合によって責任を追及されることとなりかねません。
また、被害者が相談や救済の申し立てをしたことや、関係者が調査に協力したことなどに対して、不利益な取り扱いをすることは禁じられます。そのことは、誤解や萎縮を生まないように、予めしっかりと周知しましょう。
企業内でハラスメントが発生した場合の対応
企業内でハラスメントの報告があった場合、何ら対応をとらないことはまずいです。一方で、何かしらの対応をと焦り、拙速に結論を出すことも、同様にまずいものです。
ハラスメント報告があった場合は、適切な対応と処理を行えるよう、落ち着いて一つずつ事を進めていくようするべきです。
事実関係の確認
ハラスメントに限らず、問題の解決にあたる際に最も基礎となるのは、事実を正確に把握することです。被害者の申出にしろ、加害者の反論にしろ、それが無条件に信用できるものとは限りません。必ず、事実の確認、調査や裏取りを行うべきです。
録音や録画、メール等の客観的な資料の有無や内容の確認、関係者からの聞き取り、それを基に当事者に改めて話を聞き、得られた資料を検討する。その結果、責任ある立場としてどのように事実を認定するか、それが第一歩です。当然、それらは当事者に隠すものではなく、当事者に開示して恥じないだけの認定を行わなければなりません。
ハラスメントの判断基準
ハラスメント自体を計るなら、もっとも単純なところでは「それを受けた者が、嫌な思いをしているか。」ということになります。ただ、実際は、そこまで単純に考えるだけで良しとするものではありません。
企業が活動をしていく上では、いい思いばかりができるわけではなく、時としては困難に取り組み、苦労を強いられることもあります。その中で、「嫌なことは、してはならない」という決まりだけで事を判断すると、企業の活動に支障をきたすことも起こり得ます。それがまっとうな企業の活動、業務のために必要なのであれば、嫌がられることでも禁じられはしない、そういう領域があります。大事なのは、そこに適正な一線を引くことです。
また、他方では、「その当人が嫌がっていないのであれば、ハラスメントとして取り扱わない」として構わないのかという問題もあります。好悪の価値判断は人によって異なり、誰かは気にしないことでも、他の誰かは嫌がるということは十分にあります。
ここでは、「一般にどうか」という視点もなくしてはならないでしょう。「常識的に眉を顰められる行為」については、今回の相手がたまたま嫌がっていなくてもそれを他の誰かに対してまで横行させないように、早期にハラスメントとして芽を摘む感覚を備える方がいいでしょう。
加害者・被害者への対応
被害者へのフォローアップ
ハラスメント被害者に対しては、その訴えを真摯に取り上げ、誠意を持って対応するという姿勢を示し、安心と信頼を持ってもらうことが第一歩となるでしょう。
問題解決のための調査等段階においては、他項でも述べたようにプライバシーと秘密の保持には重々気を払い、特に被害者に対しては高圧的や説教的にならないよう態度にも注意をした方がいいと思われます。
ハラスメントに対する処分のところに至った際は、「被害者はどうあるのを望むか」という観点を漏らさず、同人に負担の少ない解決内容、今後の環境を検討するのが大事と考えられます。
特に、双方間の関係については、被害者がそこから他へ移るのを望むのか、加害者に他所へ移ってもらいたいと望むのか、謝罪や反省があれば同一の職場で構わないと考えるのか、慎重に配慮すべきではないでしょうか。
加害者への処分
ハラスメントを起こしてしまったのであれば、加害者をそのまま放置するわけにはいきません。ただ、ハラスメント防止のための法等での規定は、企業に加害者の処分を含めた対策を求めていますが、加害者処分のための特別の権限は与えてはいません。
そのため、配置転換や移動、出向などをさせるには、ハラスメントを踏まえた上でそれが相当であるかが問われますし、懲戒処分を下すなら就業規則等での定めと懲戒相当事由が必要となります。これらに注意し、必要な規定等は事前に整えておかなければなりません。
また、加害者の処分として、排除や懲戒といった方向ばかりでなく、教育を経てならぬものはならぬということを理解させ、再発防止を講じることも考えられます。
これについては、排除、懲戒の方向をとるより実施しやすく、また人材を失わないメリットがあるので、活用していくべきでしょう。
教育は予防にも効果があるので、そういったセミナーなどを調べるなどするのもいいのではないでしょうか。
弁護士へハラスメント問題を依頼するメリット
これまで触れてきたように、ハラスメントは多岐多様にわたっており、わかっていても起こってしまう可能性があります。
また、その予防、対応、解決、処理などにおいて、関係する規定や注意すべき点が多くあります。そのため、なかなか一筋縄ではいきません。
最終的に法的手続き、法廷での解決を余儀なくされることもあり、それも見据えて対処にあたる方がよいでしょう。
自分達だけでは何ともならなくなる可能性があり、平時予防の段階から専門家の関与を得る方がよいだろうと思われるものです。
興味関心がある、実際困っているということがありましたら、一度ご相談ください。
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保有資格弁護士(栃木県弁護士会所属・登録番号:43946)
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