監修弁護士 山本 祐輔弁護士法人ALG&Associates 宇都宮法律事務所 所長 弁護士
突然の交通事故より後遺障害が残ってしまうと、仕事に集中できなくなったり、あるいは動作に支障が生じたりして、それまでのように仕事ができなくなることがあります。 そうなると、多くの場合は収入が減額することになり、そのことで不安に思う方が多くいることでしょう。
後遺症がなければ本来得られた分の収入を相手方保険会社に請求できることをご存じですか? 本稿では「後遺障害逸失利益」についてわかりやすく解説していきます。
目次
後遺障害逸失利益とは
後遺障害逸失利益とは、「交通事故による後遺障害が原因で得られなくなった将来の収入の補償」です。
交通事故で後遺障害が残ると、被害者の方は事故以前とは同じように働くことが難しくなってしまいます。昇進や昇給が難しくなったり、転職を余儀なくされたりすることもあるでしょう。また、最悪の場合では一生働けなくなることもあり得ます。そうすると、基本的に収入は減少することとなり、事故がなければ得られたはずの金額が得られなくなってしまいます。
後遺障害逸失利益は交通事故が原因で発生した損害といえるので、後遺障害が認められる被害者は加害者に対し逸失利益の賠償を請求することとなります。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
後遺障害逸失利益の計算方法
後遺障害逸失利益は次の式で算出します。
【会社員などの労働者の場合】
基礎収入×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対するライプニッツ係数
【18歳未満の場合】
基礎収入×労働能力喪失率×(67歳までのライプニッツ係数-18歳に達するまでのライプニッツ係数)
聞いたことのない用語が並び混乱するかもしれませんが、次でしっかりと用語について解説していきます。
基礎収入の算出方法
基礎収入とは逸失利益を計算するときの基本とする「年収」です。
原則的に「被害者の事故前の年収」を基本とします。
しかし、専業主婦(夫)や子供など目に見える収入がない方は後遺障害逸失利益を請求することはできないのかと不安になられる方もいらっしゃることと思います。
以下で職業別に詳しく解説していきます。
給与所得者(会社員など)
会社員など給与所得者の場合には、事故前の1年間の控除前実収入を基本とします。
しかし、この基本をもとにすると、若年層の会社員は損をしてしまいかねません。 なぜなら、若年層の会社員はこれから昇進、昇給する可能性が高く、年収においても今後増えていくことが見込まれます。 そのため、30歳未満の若年層の会社員については、今後の昇給見込みなどを主張して、例えば賃金センサスの全年齢の平均賃金を用いるなどの工夫をすることもいいでしょう。
個人事業主(自営業など)
個人事業主の場合は、原則として事故前年度の確定申告所得額に基づく収入額から固定経費以外の経費を差し引いた金額を基礎収入とします。
しかし、確定申告の額に誤りがあるなど、それをまま用いるのが不適な場合は、実態を証明できれば基礎収入を変更できます。
会社役員
会社役員の受け取る報酬は①労務対価の部分と②利益配当にあたる部分があり、②については基本的に逸失利益が認められません。
労務対価部分について、就労が不可能となり、会社から支給されなくなれば休業損害を請求することは可能です。しかし、実際には明確に算定することが困難なこともあり、そういったときは賃金センサスの平均賃金を考慮しながら会社の規模や職務内容などの事情などを個別、総合的判断するなどが必要なこともあるでしょう。
家事従事者(主婦など)
主婦などの家事労働者は実際に収入を得ているわけではないので、後遺障害遺失利益は請求できないと思われるかもしれませんが、実務上は、家事は仕事に準じるものと扱われています。
そのため、家事労働者であっても、後遺障害により、家事労働が困難になった場合には、後遺障害遺失利益を請求することができます。
しかし、家事労働者には正確な基礎年収がありません。
そこで、専業主婦(夫)の場合には、多くの場合に賃金センサスの女性労働者の全年齢平均賃金を基礎収入とします。これは主夫であっても同じです。
兼業主夫の場合は実際の収入と賃金センサスの女性労働者の全年齢平均賃金のどちらか高い方を基礎収入とします。
無職
事故当時無職であっても、労働能力があり、求職の実態があるなど労働の意欲が認められる場合は、後遺障害逸失利益が認められます。
その場合は賃金センサスの平均賃金をもとに基礎年収を算出します。
また、被害者が失業中で無職である場合は、前職の収入を参考に基礎収入を算出することもあります。
学生
被害者が学生であり、事故の時点では収入がなくても将来的に仕事に就くと考えられます。そのため仕事を始められる時期から逸失利益が発生するといえるので、後遺障害逸失利益を請求できます。
基本的に収入のない学生は賃金センサスの平均賃金をもとに基礎年収を算出します。
被害者が大学生であったり、大学に合格している場合では、賃金センサスの性別に応じた大卒の全年齢平均賃金が用いられます。
高齢者
高齢者が就業している場合は、会社員・個人事業主と、家事従事者なら主婦(夫)と同じ考え方をします。
無職であっても就労意欲があり、就労可能であれば、賃金センサスをもとに基礎収入を算出します。
また、年金で生計を立てている場合は、後遺障害があっても年金の額は減額しないため、逸失利益は認められません。
幼児・児童
子供についてはまだ収入はなくとも、将来働くはずであった分について逸失利益を請求できます。しかし、将来の予想をするのは困難なので、賃金センサスを用いて算出することが多いでしょう。
労働能力喪失率
労働能力喪失率とは、事故によって後遺障害が存在することで、事故前と比べて低下してしまった労働能力の程度を比率で表したものです。
下記表を参考に、被害者の職業や性別、年齢、後遺障害の部位や程度などを総合的に判断し、労働能力喪失率が決定します。
等級 | 労働能力喪失率 |
---|---|
第1級~第3級 | 100% |
第4級 | 92% |
第5級 | 79% |
第6級 | 67% |
第7級 | 56% |
第8級 | 45% |
第9級 | 35% |
第10級 | 27% |
第11級 | 20% |
第12級 | 14% |
第13級 | 9% |
第14級 | 5% |
労働能力喪失期間の算出方法
労働能力喪失期間とは、症状固定から一般に働けるとされている67歳までの年数のことです。
被害者の地位や能力、健康状態によっては違う判断をされることもあります。
しかし、未成年や高齢者の方は同じように67歳から引けばいいというわけではありません。
以下にそれぞれの労働能力喪失期間の算出方法について解説していきます。
幼児~高校生
逸失利益は将来の収入に対する補償のため、学生の期間は支払いの対象に含まれません。
そのため、高校卒業の年齢である18歳から67歳までの期間を労働能力喪失期間とすることが一般的です。
大学生
被害者が大学生の場合は卒業後の就労が予測されるので、労働能力喪失期間については、大学卒業後の22歳から67歳までの45年間となるのが原則です。
会社員
会社員の場合には原則と同じように症状固定日とされた年齢から67歳を迎えるまでが労働能力喪失期間とします。
例えば47歳で症状固定となった場合、労働能力喪失期間は20年間となります。
高齢者
高齢者の場合は、「症状固定日から67歳までの年数」と「簡易生命表による平均余命年数の2分の1」のどちらかの大きい数字を労働能力喪失期間とします。
例として、
【症状固定時65歳男性の場合】
67-65=2(67歳までの年数)
簡易生命表による平均余命18.47
平均余命の1/2=9.23年
この場合の労働能力喪失期間は9年間ということになります
中間利息の控除
中間利息の控除とは、将来の利息を差し引く計算をするということです。
逸失利益は将来得られる分を一括で受け取るため、将来までに運用された場合には利息が付き、実際の年間補償額を上回ってしまうことになります。
そこで、加害者側との公平を保つためにも将来の利息分を控除する必要があり、その利息分の控除を「中間利息控除」といいます。
ライプニッツ係数
ライプニッツ係数とは中間利息控除をするための指数で、逸失利益をより正確な「現在の価値」に換算します。
法定利息3%に基づいて算出されるため、労働能力喪失期間によって数値が変わってきます。
下記のライプニッツ係数表を用いて後遺障害逸失利益の計算をします。
ただし子供は18歳になってから働くと考えられており、当該後遺障害による労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数から、18歳に達するまでのそれを控除することとなります。
以下に計算例をまとめてみます。
後遺障害逸失利益の計算例
16歳の高校生 後遺障害等級8級に該当した場合
16歳男子高校生の場合、式は「基礎年収×労働能力喪失率×(67歳までのライプニッツ係数-18歳に達するまでのライプニッツ係数)」です。
実際に式に数字を当てはめていくと、
- 基礎年収:546万4200円(令和3年度の賃金センサスによる「学歴計・男女別の全年齢平均賃金」)
- 労働能力喪失率:45%(後遺障害等級8級)
- ライプニッツ係数:24.038(67歳までのライプニッツ係数25.9512-18歳に達するまでのライプニッツ係数1.9135=24.0377)労働能力喪失期間49年
後遺障害逸失利益は、
「546万4200円×45%(0.45)×24.038=5910万6798円」となります。
50歳の公務員 後遺障害等級12級に該当した場合
50歳の公務員 年収700万円 後遺障害等級12級に該当した場合の式は、
「基礎年収×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対するライプニッツ係数」です。
実際に数字を当てはめていくと、
- 基礎年収:700万円
- 労働能力喪失率:14%(後遺障害等級12級)
- ライプニッツ係数:13.166(労働喪失期間17年【67-50=17】)
後遺障害逸失利益は、
「700万円×14%(0.14)×13.166=1290万2680円」となります。
30歳の主婦 後遺障害等級14級に該当した場合
30歳主婦 後遺障害等級14級に該当した場合の式は、
「基礎年収×労働能力喪失率×労働能力喪失期間に対するライプニッツ係数」です。
実際に数字を当てはめていくと、
- 基礎年収:385万9400円(令和3年度の賃金センサスによる女性の平均賃金)
- 労働能力喪失率:5%(後遺障害等級14級)
- ライプニッツ係数:22.167(労働喪失期間37年【67-30=37】)
後遺障害逸失利益は、
「385万9400円×5%(0.05)×22.167=427万7565円」となります。
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後遺障害逸失利益を増額させるポイント
後遺障害逸失利益を増額させるポイントとして次の2つがありあます。
【適切な後遺障害等級認定を受ける】
後遺障害は、等級によって相当とされる労働能力喪失期間や率が変わり、逸失利益の金額に大きく影響します。後遺障害等級認定を申請する際には記入漏れがないか十分確認し、医師に協力してもらい、より適切な資料を集めることが大事です。
【基礎年収を正しく算出する】
会社員など源泉徴収票が準備できるときは心配ないかと思いますが、主婦や学生など賃金センサスを用いる場合は、基礎年収が正しく計算されているか注意が必要です。
減収がない場合の後遺障害逸失利益
原則として、減収がない場合には後遺障害逸失利益は認められません。しかし、例外的に「特段の事情」がある場合に後遺要害逸失利益が認められることがあります。
特段の事情とは、「本人の努力によって減収が生じていない」「勤務先の配慮や温情によって減収がされていない」などが挙げられます。
例えばこんな判例があります。
内科医の男性で、ふらつき、咀嚼開口障害、耳鳴りなどで後遺障害等級併合11級が認定されました。
減収はないものの、後遺障害により聴診器による音の聞き分けや内視鏡時にはめまいがあり、同僚に代わってもらうなどの不都合があったことから、裁判所は「現在の収入は本人の特別な努力や時間外労働から得られていたものであり、今後後遺障害が影響を及ぼす可能性がある」として、37年間20%の労働能力喪失を認めました。(岡山地裁 平成23年3月2日 判決)
後遺障害逸失利益に関する解決事例・裁判例
耳鳴りなどの症状から後遺障害等級12級相当の認定が受けられ、後遺障害逸失利益などの増額に成功した事例
依頼者は交差点で直進車と右折車の交通事故に遭いました。むちうちや両耳鳴りなどを訴え、8ヶ月の通院治療を受けました。その後両耳鳴りの症状が残り、後遺障害等級12級が認められました。この結果を踏まえ、逸失利益の交渉に臨んだところ、相手方は「両耳鳴りは事故との因果関係はない」と主張し、その回答は労働能力喪失率5%、労働能力喪失期間は3年を基準とするなど、納得のできる回答とはかけ離れてたものでした。
弊所の弁護士が粘り強く交渉をしてみるも相手側との交渉の終わりが見えず、協議の成立は期待ができなかったため、交通事故紛争処理センターのあっ旋手続きを申し込みました。
また、弁護士はカルテの見直しや、後遺障害と事故の因果関係について主張・立証を行いました。
その結果、当方主張を取り入れたあっ旋案が採用され、最終的に相手方の当初提示額から4倍強も増額した賠償金を獲得することができました。
弁護士が介入したことで学生の後遺障害逸失利益と後遺障害等級14級9号が認められた事例
高校生の被害者が自転車で横断歩道を走行中に右後方から車両が衝突してきた事故です。被害者はむちうち、左上腕骨折近位不全骨折等との診断が下り、8ヶ月間の治療を受けました。懸命に治療をつづけましたが、症状固定となり、後遺障害等の認定を行ったところ、自賠責からは「非該当」の返答があったため、異議申立てをしました。
弊所の弁護士が異議申し立てに当たって診療記録や、後遺障害と事故の因果関係論理的に主張した結果、肩と腰の痛みの症状につき、14級9号の後遺障害等級が認定されました。
示談交渉に入ると、相手方は「被害者が高校生なので、逸失利益は認めない」と主張しましたが、当方より「高校を卒業したら働く可能性があること」などを根拠に逸失利益を請求したところ、ほぼこちらの主張の沿った内容での賠償額を受け取ることができました。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
後遺障害逸失利益は弁護士に依頼することで増額できる可能性があります
後遺障害逸失利益は被害者の方の年齢や職業によって計算方法が変わります。
また、相手側保険会社が提示する金額は本来受け取るべき金額より低額なケースが多く、計算式も複雑で専門知識がないと提示された金額が適切であるかの判断が困難です。
また、適切な後遺障害逸失利益を獲得するためには、適切な後遺障害等級認定を受けることも大切です。
弁護士に依頼すれば、後遺障害等級の認定から逸失利益の計算、相手側保険会社との示談交渉まですべてを任せることができ、被害者の方が治療に専念することができるだけでなく、適切な賠償額を獲得することができます。
後遺障害等級認定を受けたい、後遺障害逸失利益を請求したいとお考えの方はぜひ一度弁護士にご相談ください。
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保有資格弁護士(栃木県弁護士会所属・登録番号:43946)