
監修弁護士 山本 祐輔弁護士法人ALG&Associates 宇都宮法律事務所 所長 弁護士
夫婦が話し合って離婚する協議離婚では、離婚届の提出で離婚が成立します。
しかし、早期に離婚したい配偶者が、もう一方の配偶者の同意なく離婚届を役所に提出し、離婚が成立してしまうケースがあります。この場合、離婚届が偽造されるのではなく、夫婦が過去に作成した離婚届を提出されるケースが多いです。
そのため、このような事態を未然に防ぐために、“離婚届不受理申出の制度”が設けられています。
そこで本記事では、「離婚届不受理申出」に着目し、離婚届不受理申出を行うメリットやデメリットに加え、手続きの方法などについて、詳しく解説していきます。
目次
勝手に出された離婚届は受理されてしまう?
夫婦の一方が離婚に同意していなくても、内容に不備がなければ役所等はそのまま離婚届を受理します。
あくまで役所等は、離婚届の内容を確認して受理できるかを判断するだけにとどまります。そのため、離婚届を受理する際に、夫婦双方へ離婚する意思があるかどうかを確認するようなことはしません。
離婚する意思がない側からしてみれば、このような形で離婚が成立してしまうのは不本意です。また、成立してしまった離婚を取り消すためには、戸籍を修正する必要があるため調停や裁判を行わなければならず、これに相当な時間と労力を要します。
離婚届不受理申出の制度は、このような事態を防ぐために設けられており、離婚する意思がない側にとっては、救済措置ともいえます。
配偶者が同意を得ずに離婚届を提出するおそれがある場合は、離婚届不受理申出の手続を検討した方がよいでしょう。
離婚届の不受理申出制度とは
離婚届の不受理申出制度とは、「夫婦の一方が知らない間に離婚届を提出するのを防ぐ制度」です。
あらかじめ役所等に不受理の届出を行えば、配偶者が知らない間に離婚届を提出するのを未然に防げます。なお、不受理届と呼ばれることもありますが、不受理申出が正式名称です。
不受理申出は、離婚届の他、次のような届出にも利用できます。
- 養子縁組届
- 養子離縁届
- 認知届
- 婚姻届 など
役所等は、届出に関して当事者への意思確認を都度行うわけではありません。
そのため、不受理申出は、当事者本人の意思に反して虚偽の届出が受理されてしまうのを防ぐ目的でつくられました。
離婚届の不受理申出は、知らない間に離婚届が役所等に提出され、戸籍に真実ではない記載がなされないようにするために必要な制度です。
不受理申出をした方が良いケース
離婚届の不受理申出をしておくべきなのは、次のようなケースです。
- 相手が離婚の成立を急いでいる場合
- 具体的な離婚条件について話し合う前に離婚届に署名捺印しまい、相手に預けている場合
- 離婚したくないのに、相手から無理やり離婚届に署名捺印させられた場合
- 子供の親権以外の協議が終わり、離婚届の親権者欄だけが空欄になっている場合 など
このようなケースは、相手方である配偶者が勝手に離婚届を提出する可能性があるため、あらかじめ離婚届の不受理申出をしておくべきといえます。
「既に離婚届の作成が完成している」「離婚届の作成がほぼ完成している」などの状態は、相手方が勝手に空欄を埋めてしまえば離婚届の提出が可能です。
虚偽の届出が受理されてしまうリスクが高いため、特に注意する必要があります。
離婚に同意できない気持ちが少しでもある場合は、「離婚届への署名捺印を安易に行わない」ことがリスク回避につながります。
しかし、離婚届に署名捺印せざるを得ない状況もあるはずですので、そのような場合には、不受理申出制度を利用しましょう。
離婚届不受理申出をするメリット・デメリット
メリット
離婚届の不受理申出を行うメリットには、以下のような点が挙げられます。
<メリット>
- 相手方が勝手に離婚届を提出するのを防げる
- 無料かつ簡易な手続で行える
- 無期限であるため、更新などの手続を行わなくてよい
- 相手方に知られることなく申出ができる
- 期限の定めがないため、申出はいつでも取り下げられる など
離婚届の不受理申出を行えば、相手方が知らない間に離婚届を役所等に提出しても、受理されません。そのため、離婚条件について妥協せずに夫婦でじっくり話し合えます。
また、不受理申出の手続方法は後ほど詳しく解説しますが、無料かつ簡易に行えるため、積極的な活用をおすすめします。
話し合いで離婚する場合に必ず手続が必要となるわけではありませんが、相手方に虚偽の届出をされる不安がある場合には、行っておいて損はありません。
デメリット
一方で、離婚届の不受理申出を行うデメリットには、以下のような点が挙げられます。
<デメリット>
- 役所等に直接出向いて手続する必要がある
- 相手方に知られると口論になる可能性がある など
このようなデメリットは多少考えられるものの、メリットの方がはるかに上回るため、デメリットはほとんどないといっても過言ではありません。
ただし、相手方に知られてしまうと、離婚の話し合いがこじれる可能性があるため、慎重に手続する必要があります。
あなたの離婚のお悩みに弁護士が寄り添います
離婚届不受理申出の手続き方法
次に、「離婚届の不受理申出の手続方法」をみていきましょう。
基本的には、離婚届不受理申出書に必要事項を記入して本人確認書類を持参のうえ、市区町村の役所に申し出れば、手続を行えます。
次項でもう少し詳しく解説していきます。
申出ができる人
離婚届の不受理申出ができるのは、原則、夫または妻のみです。
離婚届の提出は夫婦の身分関係に大きく関わるため、代理人による申出は認められておらず、窓口で必ず本人確認が行われます。
ただし、入院中で手続が難しいなどの事情がある場合は、代理人による申出が例外として認められる可能性があるため、役所等に相談してみるとよいでしょう。
申出先
離婚届の不受理申出は、基本的に申出人の本籍地の市区町村役場が申出先となります。
申出時には、本人確認が行われるため、原則郵送による申出はできず、必ず市区町村役場の窓口に直接出向く必要があります。
本籍地以外の提出は可能?
本籍地が遠方で容易に行けない場合には、住居地の市区町村役場で手続が行えます。
この場合、申出をした市区町村役場から本籍地の市区町村役場に不受理申出書の原本が送付されるため、手続に時間を要す場合があります。
とはいえ、本籍地が遠方の場合は役場に到着するまでに時間を要してしまい、その間に離婚届が提出されるおそれがあります。急ぎの場合は、すぐに行ける方で手続を行うのがよいでしょう。
なお、本籍地以外の市区町村役場に提出する際は、不受理申出書の宛先を本籍地の市区町村役場名にして提出する必要があります。
不受理申出書は市区町村長に対して提出するため、既に宛先が印字されている申出書もあるでしょう。このような場合は、印字箇所を本籍地の市区町村役場名に訂正して提出すれば、問題なく手続してくれます。
申出に必要なもの
離婚届の不受理申出時に必要となるものは、以下のとおりです。
<必要書類>
- 不受理申出書
- 申出人の本人確認書類(運転免許証、マイナンバーカード、パスポートなど)
- 申出人の印鑑(シャチハタ以外のもの)
不受理申出書の用紙は、各市区町村役場もしくは役場のホームページでダウンロードできるため、事前に確認しておくとよいです。
中には、不受理申出書の書き方や必要書類について詳しく記載しているところもあります。念のため提出する先の市区町村役場のホームページを事前に確認しておけば、不備があり受理されないおそれもなくなるため安心です。
離婚届不受理申出書の書き方
離婚届の不受理申出書は、不備があると再提出しなければならないため、以下の記載事項を漏れなく記入する必要があります。
【記載事項】
- 申出日(申出を行う年月日)
- 当事者の名前、生年月日、住所、本籍地(住民票、戸籍のとおりに記入)
- 申出人の署名押印(シャチハタ以外で押印)
- 申出人の連絡先、連絡方法の希望
また、記入時は消えにくいボールペンなどを使用し、文字も楷書でていねいに書くことが大切です。
申出人の連絡先記入欄には、連絡方法の希望を書く欄が設けられています。
不受理の取り扱いについて、市区町村から問い合わせがくる場合があるため、「午後〇時以降に電話連絡願います」などと具体的に書くようにしましょう。
なお、離婚届の不受理申出書の用紙は、市区町村役場のホームページでダウンロード可能です。申出を行うところのホームページを事前に確認しておけば、再提出となるのを防げます。
最短で手続してもらうためにも、事前準備はきちんと行っておきましょう。
不受理申出に有効期限はある?
平成20年5月1日に戸籍法が改正されるまでは、「申請から6ヶ月の有効期限」が設けられていましたが、改正後は無期限となりました。
そのため、申出人が取り下げない限り、効力は無期限に続きます。
なお、申出人が取り下げを行う他にも、以下の場合は効力が自動的に失効します。
- 申出人が離婚届を提出した場合
- 裁判で離婚が成立した場合
- 申出人が死亡した場合
不受理申出を撤回・取り下げることはできる?
申出人であれば、離婚届の不受理申出の撤回・取り下げが可能です。
申出時の市区町村役場の窓口に、「不受理申出取下書」を提出すると、不受理期間を終了できます。
たとえば、相手方が勝手に離婚届を提出するおそれがなくなった場合などに撤回や取り下げが検討されますが、メリットがあまりないため、慎重な判断が必要です。
なお、申出人本人が離婚届を提出する場合は、不受理申出を取り下げる必要はありません。
しかし、申出人以外の場合は、不受理申出を取り下げなければ離婚届は受理されませんので注意しましょう。また、不受理申出の手続同様、提出時には「運転免許証」や「マイナンバーカード」などの本人確認書類が必要となります。
あなたの離婚のお悩みに弁護士が寄り添います
申出が間に合わず離婚届が受理された場合の対処法
相手方の動きが早く、不受理申出を行う前に離婚届が提出・受理された場合は、記載された戸籍を訂正する必要があります。
離婚届を無効とするには、以下の手続を行い、対処しなければなりません。
- 1. 離婚無効調停
- 2. 離婚無効訴訟
これらの手続について、次項で詳しく解説していきます。
不受理申出が間に合わずに悩まれている方は、ぜひご参考になさってください。
離婚無効調停
離婚無効調停とは、「離婚の無効について夫婦が家庭裁判所で協議する手続」です。
相手方の住居地を管轄する家庭裁判所または夫婦双方が合意する家庭裁判所に対して申し立てると、調停を利用できます。
調停では、裁判官や調停委員が夫婦の間に入り、離婚の無効が正しいかどうかを判断してくれます。また、調停委員が夫婦から個別で意見を聴収するため、相手方と顔を合わせずに済み、冷静かつ円滑に話し合いを進められます。
離婚の無効を認めてもらうには、「相手方が勝手に離婚届を提出した」証拠が必要です。
裁判官が離婚の無効を認めると戸籍を訂正できますが、あくまで調停は話し合いで解決を図る手続であるため、夫婦のどちらかが同意しなければ不成立となります。
なお、調停での合意に従った審判がなされた場合は、審判が確定した日から1ヶ月以内に市区町村役場に戸籍の訂正を申請しなければなりません。
離婚無効訴訟
離婚無効訴訟とは、「離婚無効調停で不成立となった場合に、離婚の無効について裁判所の判断を仰ぐ手続」です。
提起先は調停と同じ家庭裁判所となりますが、話し合いで解決を図る調停とは異なり、裁判は裁判官が当事者の主張や証拠などから、離婚の無効を客観的に判断します。そのため、裁判官が離婚の無効を認めなければ、戸籍を訂正できません。
裁判官に離婚の無効を認めてもらうには、離婚するつもりはないのに相手方が勝手に離婚届を提出した証拠や当時の協議状況を主張・立証する必要があります。つまり、“離婚意思の不存在”を適切に主張・立証できれば、離婚の無効を認めてもらえる可能性が高まります。
なお、離婚を無効とする判決が下された場合は、判決確定後から1ヶ月以内に市区町村役場に戸籍訂正の申請を行う必要があります。
離婚届の不受理申出に関するQ&A
不受理申出をしたことが相手にバレることはありますか?
不受理申出を行った旨は相手方に通知されないため、基本的に知られることはありません。
しかし、相手方が勝手に離婚届を提出しようとしても、その際に役所等から受理できない旨を伝えられます。相手方は、そのときに配偶者が不受理申出を行っていた事実に気が付くでしょう。
相手方が不受理申出の事実を知るには、「離婚届を提出する」「配偶者に確認する」方法しかありません。
なお、相手方が無断で離婚届を役所等に提出した場合は、役所等から申出人にその旨が通知されます。
離婚届を勝手に提出することは犯罪になるのでしょうか?
離婚届を勝手に提出する行為は、以下のような罪に問われる可能性があります。
離婚届の署名押印を偽造した場合 | 有印私文書偽造罪(3ヶ月以上5年以下の懲役) |
---|---|
偽造した離婚届を役所へ提出した場合 | 偽造私文書行使罪(3ヶ月以上5年以下の懲役) |
戸籍に嘘の情報を記載させた場合 | 電磁的公正証書原本不実記録罪、公正証書原本不実記載罪(5年以下の懲役または50万円以下の罰金) |
嘘の情報が記載された戸籍を使われる状態にした場合 | 不実記録電磁的公正証書原本供用罪(5年以下の懲役または50万円の罰金) |
離婚届は、本来夫婦の合意のもと作成されるべきものです。そのため、配偶者に無断で離婚届を提出する行為は許されません。
不受理申出をしなくても、離婚届が受理されないケースはありますか?
離婚届が明らかに偽装されていることが分かる場合は、役所等で受理されない可能性が高いです。
たとえば、記入されている筆跡がすべて同じ場合などが挙げられます。
また、そもそも離婚届の内容に不備がある場合は受理されません。
記載事項に記入漏れがある場合や、子供の親権者欄が空欄である場合は不備となり、再提出を求められるでしょう。
現行法では、離婚後単独親権となるため、離婚時には子供の親権を父母どちらにするのか決めなければなりません。
離婚届の不受理申出について分からないことがあれば弁護士にご相談下さい。
協議離婚で離婚の成立を目指していても、相手方が急いで離婚したい場合には、勝手に離婚届を提出されるおそれがあります。離婚届が完成していて保管してある場合は、特に注意しなければなりません。
離婚届が提出されると、形式上離婚が成立してしまいます。無効にするには、調停や裁判の手続が必要となり、無駄な労力や時間を消費します。このような事態を避けるためにも、離婚届の不受理申出はなるべく早いうちに手続しておくことが大切です。
弁護士法人ALGには、離婚問題に精通した弁護士が多数在籍しており、離婚届不受理申出について適切なアドバイスが可能です。調停や裁判になったとしても、手続をサポートできるため、精神的負担を軽減できるはずです。
離婚届の不受理申出についてご不明点がある方は、お気軽に弁護士にご相談ください。
-
保有資格弁護士(栃木県弁護士会所属・登録番号:43946)