監修弁護士 山本 祐輔弁護士法人ALG&Associates 宇都宮法律事務所 所長 弁護士
「追突被害事故にあい、むちうちになってしまった。痛いから通院したいけど、生活のために、我慢して仕事に行っている」
このように、交通事故でケガを負ったにもかかわらず、無理に出勤されている方はいらっしゃいませんか?
実は事故によるケガで会社を休んだ場合、被害者は加害者に対して、休んだ間の収入の減少分、すなわち、休業損害を請求することが可能です。
会社員だけでなく、個人事業主や主婦、一部の失業者の方も請求することが可能です。
以下、休業損害の具体的な内容と計算方法を説明していきたいと思います。
目次
休業損害とは
休業損害とは、被害者が交通事故により負ったケガの治療が終了するまでの間に、治療や療養のために仕事を休んだことによって生じる収入の減少分のことをいい、その減少分は加害者に損害賠償として請求することが可能です。
休業損害の金額は、被害者の職業や収入、休業日数、ケガの治療状況などにより金額が変わります。
なお、ケガの治療のために有給休暇を取得した場合や、主婦など収入のない者の場合でも、収入の減少は発生していませんが、休業損害として請求することが可能です。
休業補償との違い
休業損害も休業補償も、ケガをした被害者が治療や療養のために仕事を休んだ間の収入の減収分の補償を意味しますが、対象となる事故や請求先に違いがあります。
プライベート中に起きた事故によりケガを負い、仕事を休んだ場合は、加害者側の自賠責保険または任意保険から「休業損害」が支払われます。一方、仕事中または通勤中に起きた事故でケガを負い、仕事を休んだ場合は、加害者側保険会社に対する「休業損害」の請求と、労災保険による「休業補償」の利用とを、選択することができます。
もっとも、休業損害と休業補償は二重取りができず、重複する金額については相殺されることになっています。なお、労災保険より休業補償とは別に支給される休業特別給付金は相殺されず、そのまま受け取ることが可能です。
例えば、通勤中の事故でケガを負い、休業による損害額が30万円、労災より休業補償15万円、休業特別給付金5万円が支払われている場合、加害者側保険会社には30万円-15万円=15万円を請求することになります。
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休業損害の請求条件
休業損害は交通事故によりケガを負い、仕事を休んだことで収入が減った分を補償するものです。したがって、休業損害として請求するためには、基本的には、仕事をして収入を得ていることと、仕事を休んで減収が生じていることが必要となります。
しかし、いくつか例外もあります。
例えば、交通事故が原因で有給休暇を使用して休んだ場合、減収は生じませんが、休業損害は補償されます。
また、専業主婦(主夫)については、事故によるケガによって家事ができなかった日数分、休業損害として認められる可能性があります。
失業者や学生については、基本的に休業損害を請求することはできません。ただし、事故当時無職であっても就職先が内定していたり、学生であってもアルバイトをしていたりする場合は休業損害として請求できる可能性があります。
休業損害の計算方法と算定に必要な要素
休業損害の計算は、自賠責保険基準(任意保険会社基準)、弁護士基準で異なります。多くの場合は弁護士基準が最も高額になりますので、基本的に被害者としては、弁護士基準により休業損害額を計算し、保険会社に請求するべきです。具体的に以下のような違いがあります。
①自賠責保険基準(任意保険基準)による休業損害額の計算方法
1日6100円(基礎収入)×休業日数=休業損害
(ただし、基礎収入が6100円を超えることが証明できる場合は、1万9000円を限度に認められる)
自賠責保険では、基礎収入は職業関係なく一律6100円とされていますので、収入が少ない場合は、自賠責基準により計算すると有利になります。しかし、収入の多い場合は、実際の収入額をもとに計算した方が休業損害額は高くなります。任意保険基準の場合は、基礎収入をもとにした1万9000円という上限を主張されるケースが少ない傾向にあります。
②弁護士基準による休業損害額の計算方法
事故前1日あたりの基礎収入×休業日数=休業損害
基礎収入とは事故前の被害者の1日あたりの収入(日額)のことをいいます。
被害者の職業や属性により金額が変わりますが、詳しくは後ほど説明いたします。
また、休業日数とは治療のために実際に会社を休んだ日のことをいい、治療のために有給休暇を所得した日も休業日数として認められます。治療のために必要な休業であったと判断するのは医師であり、自己判断の休業は休業損害の対象になりませんので注意が必要です。
稼働日数とは
稼働日数とは休日などを除外した実際に働いた日数のことをいいます。
例えば、被害者の事故前の3ヶ月間の収入が180万円だった場合、90日で割ると1日あたりの基礎収入は2万円となります。
自賠責基準では、事故前3カ月の収入を90日で割るものとされており、任意保険基準でも同様の取り扱いをする傾向にあります。
一方、稼働日数が60日として、60日で割ると、基礎収入は3万円となります。この差は不平等であると考えられ、弁護士や裁判所は、事故前3か月間の給与合計額を稼働日数で割ったものを基礎収入とし、休業損害額を計算する方法を採用しています。
なお、事故前3ヶ月間に有給休暇を取得している場合、基礎収入を計算する際には有給取得日も稼働日数に含めます。
基礎収入とは
基礎収入とは、休業損害の計算の基礎となる収入のことをいいます。保険会社の基準では事故前3ヶ月間の収入総額を90日で割り、弁護士基準では稼働日数で割って計算します。収入総額は手取り額ではなく、税金控除前の収入を指します。
主婦や失業者など収入が証明できない者の場合は、賃金センサスの男女別全年齢平均賃金などに基づき、計算します。
なお、自賠責保険における基礎収入は日額6100円とされていますが、6100円を超えることが証明できる場合は1万9000円を限度として認められます。
職業によって休業損害の算定に違いが出る
事故当時の被害者の職業や属性により、休業損害額の計算方法は異なります。
ここでは、弁護士基準をもとにした計算方法を説明していきます。
給与所得者の場合
サラリーマンやOLなどの給与所得者の場合は、基本的には、事故前3ヶ月間の収入を90日または稼働日数で割ったものを基礎収入とし、休業損害額を計算します。
事故前1日あたりの基礎収入×休業日数=休業損害
事故前3ヶ月間の収入は、勤務先が発行する「休業損害証明書」によって、証明することが必要です。この収入は手取り額ではなく、税金控除前の収入で、基本給のほか、残業代や皆勤手当てなどの諸手当も含まれます。
主婦の場合
主婦の場合、給料をもらっているわけではありませんが、家事労働としているとみなされ、賃金センサスの女子全年齢平均賃金にもとづき、休業損害額を算定します。
1日あたりの基礎収入(賃金センサスの女子全年齢平均賃金÷365)×休業日数
=休業損害
例えば、賃金センサスの令和3年女子全年齢平均賃金は年収で385万9400円ですので、1日あたりの基礎収入は1万0573円となり、1万0573円に休業日数を乗じた額を休業損害として請求できることになります。
また、仕事を持つ主婦の場合は、実際の収入と賃金センサスによる平均賃金とを比較して、金額が高い方の額を請求することになります。
休業日数については、怪我や治療の状況等にもよりますが、実務上では、実際に通院した日数を休業日数として計算することが多い印象です。
自営業の場合
自営業者の場合は、基本的には、事故前年の収入(確定申告所得額)にもとづき、休業損害額を計算します。
事故前1日あたりの基礎収入(事故前年の確定申告所得額÷365)×休業日数
=休業損害
確定申告所得額とは収入から経費を引いた所得分のことをいいます。
ただし、年によって、収入が大幅に変動する場合は、事故前数年分の収入の平均額に基づき、1日当たりの収入を計算する場合もあります。
また、事業主の事故により、事業自体を休業する必要があった場合は、従業員の給料や事務所の賃料などの固定費を基礎収入に加算して計算することもあります。また、無申告であっても、収入を立証できる資料があれば、休業損害が認められる可能性もあります。
アルバイトの場合
アルバイトやパートタイマーも、勤務期間が長く、収入を継続的に得ている場合は、給与所得者(サラリーマン)と同じく、事故前3ヶ月間の収入をもとに、休業損害を請求することが可能です。
事故前1日あたりの基礎収入(事故前3ヶ月間の収入÷90日または稼働日数)×休業日数=休業損害
ただし、シフト制などにより、事故前3ヶ月間における勤務日数が少ない場合は、事故3ヶ月間の収入を90日で割って基礎収入を計算すると、かなり低額になってしまいますので、稼働日数を使い、基礎収入を計算することもあります。
無職の場合
休業損害は事故によって仕事を休んだ間の収入の減少分を補償するものですので、無職の場合は収入がないため、基本的には、休業損害は認められません。
ただし、事故当時、就職先の内定を得ていた場合や、ハローワークに継続的に通うなど十分な労働意欲、労働能力があり、事故がなければ就職していたと認められる事情がある場合には、休業損害として認められることがあります。
その際、基礎収入は失業前の年収や賃金センサスの男女別全年齢平均賃金などをもとに計算することが考えられます。
公務員の場合
公務員の場合は、基本的には、給与所得者(サラリーマン)などと同じく、事故前3ヶ月間の収入を90日又は稼働日数で割ったものを基礎収入とし、休業損害額を算出します。
ただし、被害者である公務員が病気休暇制度(最大90日基本給支給)を使用しているなどの場合には、減収がないとされ、休業損害として認められない可能性があります。
なお、以下のように、一定の条件を満たせば、休業損害として認められる可能性もあります。
①事故が原因で付加給などの減額があった。
②事故によりボーナス減額または昇給できなかった。
③病気休暇制が90日を超えた場合
会社役員の場合
会社役員の場合は、基本的には、事故前3ヶ月間の役員報酬を90日で割ったものを基礎収入として、休業損害額を算定します。
ただし、休業損害として請求できるのは、役員報酬の労働対価部分のみで、利益配当部分については、減収がないため、請求できないとされています。よって、利益配当部分は除き、労働対価部分のみを基礎収入として、休業損害額を算定することになります。
中小企業の役員などの場合は、従業員同様仕事をこなしている人が多いため、休業損害額が高くなる可能性があります。
1日あたりの基礎収入(事故前3ヶ月間の役員報酬の労務対価部分の合計額÷90日)×休業日数=休業損害
会社員の各種手当は含めて算定可能か
会社員が事故によるケガが原因で仕事を休んだため、賞与が減額された場合は、事故前6ヶ月間の賞与、または1年間の賞与から1日当たりの平均収入額を計算し、休業損害として、給与とは別に加害者側の保険会社に請求することが可能です。
ただし、請求する場合には、勤務先より賞与減額証明書を出してもらうことが必要です。
また、会社員の休業損害は事故前の被害者の実際の支給総額をもとに算定しますので、事故前の基本給のほか、残業代や皆勤手当てなどの諸手当も含めて計算することになっています。
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休業損害証明書の書き方
休業損害証明書とは、サラリーマンやアルバイトなどの給与所得者が事故によるケガが原因で休業した損害を証明するための書類のことをいいます。基本的には、加害者側の保険会社から送付されますが、自分で書くのではなく、勤務先に記載してもらいます。
なお、休業損害証明書を保険会社に提出する際には、前年度の源泉徴収票やと給与明細等が必要になりますので、準備する必要があります。何らかの事由で源泉徴収票が無い場合には、会社から賃金台帳の写しなどで代用することもあります。
休業損害証明書に記載する主な項目
①休業期間
②欠勤、有給、遅刻、早退の日数
③日ごとの休業状況
④休業期間中の給与
⑤事故前3ヶ月間に支払われた給与
⑥休業補償給付や傷病手当金の給付の有無
受け取れるのはいつから?
休業損害は示談金の一部として支払われるもので、基本的には、治療終了後または症状固定後に請求できるとされています。しかし、減収は生活に大きく響きます。示談前であっても、休業損害証明書を加害者側の任意保険会社に毎月提出すれば、その月分の金額を受け取ることが可能です。休業損害証明書を提出後、1~2週間後に支払いがなされることになります。
ただし、保険会社と休業の必要性や休業損害額に争いがある場合は、休業損害を受け取ることができない可能性もあるので注意が必要です。
また、主婦のように無収入の者は、示談交渉の際に請求するケースが多くなっています。
休業損害の請求時効
交通事故による休業損害の請求には、請求できる期間、すなわち、法律上の時効が定められており、「人身事故の場合、損害及び加害者を知った時の翌日から5年」とされています。すなわち、交通事故発生日または死亡日から5年、または症状固定日の翌日から5年以内に休業損害を請求しなければなりません(2020年4月民法改正)。
先払いはしてもらえる?
休業損害は示談金の一部ですので、基本的には、賠償金が確定した後、すなわち、治療終了後または症状固定後に支払われるものです。しかし、休業による収入減は生活に大きく響くため、示談前であっても、加害者側の保険会社と相談し、休業損害証明書などを提出すれば、原則的には、争いが無い限り先払いしてもらえます。
休業損害はいつまで貰える?打ち切られることはある?
休業損害がもらえるのは、最大で事故発生日から治療終了日(症状固定日)までとされています。この期間内で、事故による休業が必要かつ相当と認められる範囲で、休業損害を請求することが可能です。
どの程度の期間、休業損害として認められるかは、ケガの種類や程度、医師の診断内容などにより総合的に判断されるため、明確な基準は存在しません。そのため、長期間休業する場合には、保険会社が、「休業の必要性が無い」として、休業損害の支払いを打ち切り、これ以上支払わないと争ってくるケースがよくあります。
休業の必要性や治療終了を判断するのはあくまで医師です。まだ痛みが残っていて仕事ができないような場合は、医師と相談し、保険会社と協議することが重要です。
交通事故がきっかけで退職することになった場合の休業損害
交通事故でケガを負い、そのケガが原因で退職をした場合、加害者側に休業損害を請求することはできるのでしょうか?
退職の場合は仕事を辞めるわけですから、休業ではありません。
しかし、事故が原因で会社を退職した場合も、事故がなければ退職していなかった、すなわち、交通事故と退職の因果関係を証明すれば、休業損害として請求することが可能です。
具体的には、下記のような事情を証明できれば、休業損害として認められる可能性が高いです。
①交通事故によるケガの症状が重い
②そのケガにより業務に支障をきたしている
③ケガが原因で会社に解雇された
④ケガが原因で再就職が困難
いずれにしても、自己都合による退職であるよりは、会社都合である退職の方が、事故による退職として分かりやすいでしょう。なお、この場合、休業損害の支給期間は、転職に要する合理的な期間、例えば1か月程度までなどと主張されることもあります。
まずは交通事故チームのスタッフが丁寧に分かりやすくご対応いたします
休業損害について不安なことがあれば弁護士にご相談ください
これまで、休業損害の具体的な内容や計算方法についてみてきましたが、休業損害額の計算には複雑な判断が必要とされることがお分かりいただけたと思います。
「一人で休業損害を請求することに不安がある」「加害者側の保険会社から提示された休業損害額は本当に正しいのか?」と思われるような場合は、弁護士に相談することをおすすめいたします。
弁護士に依頼すれば、被害者の方の事情に合わせた、適切な休業損害額を計算してくれます。
また、弁護士が示談交渉の場に入ると、休業損害額を含めて受け取れる金額が上がるケースが多くなっています。
一人で悩まず、ぜひ、交通事故に精通した弁護士にご相談ください。
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保有資格弁護士(栃木県弁護士会所属・登録番号:43946)